
トルコ最大のビーチリゾート・アンタルヤからシリア国境の町・アンタキヤまで・・・
ロシアをはじめヨーロッパからの観光客に人気があるアンタルヤはトルコ・地中海地方の代表都市。市内以外にもベレッキ、ララ、ケメル、シデなどのリゾート地がアンタルヤ周辺に広がり、オール・インクルーシヴ(飲食料など全部込み)のデラックスホテルが海岸沿いに並んでいる。ローマ遺跡なども点在していて、特にアスペンドスの古代劇場遺跡は驚くほどほぼ完全な形で残っている。
カシュ
カシュの古代名はアンティフェロス。その歴史は紀元前4世紀にまでさかのぼるが、この港町が重要視されるようになったのはヘレニズム時代になってからで、ローマ時代には木材や海綿の輸出で知られるようになった。港にあるモスクから海岸沿いに西へ500メートル離れたところには小さいながらも保存状態が抜群のヘレニズム時代の劇場がある。舞台部分は当時も建てられなかったが、近年地元の市民によってレスリングの試合観戦の背景幕のために壁が建てられた。また日没を眺めるのにもいいスポットである。
古代劇場から約100メートル離れたところには、ドリス式の墓があり、これもほぼ完全な状態で残っている。高さ2メートルの入口にはかつてスライド式の扉があった。中に入ると死体が置かれていた石の台があり、踊っている女性が描かれたフリーズで装飾されている。
ライオンの墓も面白いリキア時代の霊廟のひとつ。霊廟は2つに分かれていて、下部にはクサントスのオベリスクと同じように詩的碑文が残されている。この霊廟は4つのライオンによって支えられているため、ライオンの墓と呼ばれるようになった。
ミラ

ミラはリキア同盟の中でも強力な都市で、ビザンツ時代初期にはクサントスを超えて同盟の首都となった。
ミラ遺跡は今日のデムレから約1,5キロ離れたところにある。ミラ古代都市はデムレ川のふもとにある豊かな土地に位置していたが、そのほとんどは川の沖積で覆われてしまった。ミラはリキア同盟内の農産物交易などで栄えていたと考えられる。
ミラがいつ形成されたかというのははっきりとわかっていない。紀元前1世紀の文献で「リキア同盟のなかの強力な6都市の一つ」と記述される以前の文献は発見されていないが、要塞などから紀元前5世紀にはミラは存在していたと考えられている。
クズカレスィ
イスタンブルのクズクレスィ(乙女の塔)などトルコ国内には似たような遺跡があるが、このクズカレスィはこれらのオリジナルだといえる。13世紀にアルメニア王国の王が「蛇にかまれて死ぬ」と予言された娘のために建てた城。クズカレスィは海岸から200mはなれたところに建てられ、王の娘はここに住むようになった。ところがある日娘に届けられた果物が入ったかごの中に蛇が忍び込んでおり、娘は予言どおり蛇にかまれて死んでしまったという。この蛇は今でもクズカレスィにいるといわれていて、観光客以外はこの城を訪れるものはあまりいない。
クズカレスィの正面にもまた別の城塞の遺跡がある。城の入口はギリシャ語の碑文が刻まれた古代の石が使われている。西側入口はもともと3世紀に建てられたローマの建物を城の一部に加えたものである。
クズカレスィの周辺には4世紀のネクロポリス(墓場)のほか、ビザンツ教会や貯水槽などがある。
